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第九百五十七話 鎧があるから大丈夫 [可笑譚]

 アニメに出てくるモビルスーツのような分厚く派手なものではないが、確実に身を守ってくれる鎧を身につけている。もちろん相手の武器によってはこんなものでは役に立たないのはわかっているが、通常の生活の中ではこれで充分だ。むしろサーベルやマシンガンをも防げるほどの頑強な鎧は重厚すぎて、日常生活に支障がある。うんと軽くて装着感もほとんどないくらいのこの鎧が日常的につけておくにはちょうどいい。これで充分に身を守ることができる。

 誰かが近づいてきた。敵だ。これ見よがしな武器は持っていないようだが、どんな手で攻撃を加えてくるかわからない。油断は禁物だ。私は頭をぐっと下げて見つからないように隠れた。敵は目の前まで来ると何かを探しているように視線をそこらじゅうに泳がせていたが、目的のものは見つからなかったのか、そのまま歩き去った。ほっと息を継ぐ。できれば無用な闘いなどしたくはないのだ。その後も何度か敵に遭遇して危うい場面はあったのだが、今日のところは一度も争うことなく実務を終えることができた。正直言って、戦場ではできる限り目立たない方がいい。下手に手柄をあげようと敵に挑みかかると、手痛い傷を負うことになるのがわかっている。自分だけが無傷で勝ち残るなどということはまずあり得ない。奴らが勝手に争って倒れていくのを傍観し、ひとり生き残ることによって勝利を手にするというのが最も賢い方法だと思う。それは卑怯だと、人によっては思うかもしれないが、そんなこと知ったことか。何も卑怯な手など使っちゃあいない。何もしていないだけだ。それが現代人の戦い方ではないか。

 無事に家まで帰りついてはじめて鎧を脱ぎ捨てる。やはり裸に近い姿が身軽で気持ちいい。少なくとも一人暮らしをしていたときは、帰宅後は鎧なあいで存分に手足を伸ばしてくつろいでいた。だが、どういうわけでこうなってしまったのか、いまは女房というものがいる。もちろん、結婚当初は自ら望んだわけなのだが、まさか望んだはずの生活がこんなことになろうとは。食卓の上に飯はあった。女房が作ってくれているのだが、これが曲者だ。飯を食いながら缶ビールを開け、ふた缶めを開けようとすると女房が言った。

「あなた、今日くらいは一本だけにしとけばどうなの?」

 ああ、面倒くさい、ほっといてくれ。

「休肝日ってこともあるし、ビール代だって毎日のことだからバカにならないのよ」

 またはじまった。ここからだ。給料が少ないだの、家のローンがーどうしたこうした、そろそろ冷蔵庫の調子がおかしいとか、友人はヨガをはじめたのに自分にはお金のゆとりがないとか、しまいには働きが悪いのではないかなどと言い出す。家に帰ってまでも総攻撃がはじまるのだ。私は飯を食いながら先ほど脱いだばかりの鎧をもう一度静かに身につける。こうすれば安心だ。女房の攻撃くらいやすやすと防ぐことができる。私は鎧に感謝しながら黙々と飯を食べ続けた。

                                                      了


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