SSブログ

第九百四十四話 ふたり [脳内譚]

 私たちはいつも一緒だった。同じ音楽を聴き、同じ風景を眺め、同じ人と会い、同じ学校へ通った。たいていは双子みたいに同じように感じ、同じようなことを考えたが、しばしば対立することもあった。まるで反対の行動をとろうとするのだ。私が左手を上げるとあっちは右手を上げる。右に行こうとすると、左に行こうとする。それならお互いにそのように好きにすればいいのだが、あまりにも寄り添いすぎている私たちは混乱し、足をもつれさせてしまう。そんなときは口に出して文句を言う。考えているだけでは相手にわからないからだ。それでも私は口に出すのを我慢することが多かったが、向こうはイラついてすぐに口にした。我慢することを知らないのだ。こんなところにも性格の違いが出るのだろう。

「ちょっともう、いい加減にしてよ」

 いい加減にしてはお互い様なのに、まるで自分だけが正しいかのように言うのだ。まるでわたしが悪いように言われると我慢していた私もさすがに腹が立つ。腹が立つから、いい加減にしてとはこっちが言いたいわと思うのだが、それを口にすると喧嘩になってしまうのは目に見えているので口をつむぐ。黙ってしまうにだ。そうなるともうなにも言えなくなってしまう。私が黙ると、相手も黙る。さっきまであんなに仲良くしていたはずなのに、もはや一言も言葉を発しない。

 一緒にいるのに相手を無視し続けるというのは案外しんどいものだよ。そこにいるのにいないように振る舞うのだから。たとえば私が食事の用意をしても、食べようとしないから困る。ひとりでは食べにくいもの。逆にあっちが用意するときはさっさと自分の分だけ作って食べてしまうから腹が立つ。こんな風に食事ひとつとっても喧嘩をしていては生きにくいのだ。一週間、二週間と黙り込んだまま過ごすのだが、あまりの過ごしにくさにどちらともなく音を上げてようやく元に戻ろうとする。ごめんねなんて絶対に言わない。だってどっちも意地っ張りだから。

 いつからそんなことになったのかというと、たぶん生まれつきとしか言いようがない。特に事故に遭ったとか病気になったとかいうことはないからだ。病気じゃないから医師に相談したこともないが、図書館で調べてわかったことがある。たぶんそういうことなのだろうなと憶測しているに過ぎないのだが。

 人間の脳は右と左に別れていて、それぞれは左半身、右半身と対応している。右脳と左脳は普通、脳梁と呼ばれる神経束で結ばれているが、なんらかの原因でこの脳梁が分断されてしまうと、右脳と左脳はあたかも別人格として機能しはじめる。実際に事故で脳梁を切断されてされてしまった人間が片目を塞いでしばらく過ごしたあと、塞ぐ目を反対側に変えると、その間に出会った人のことがわからないという実験は有名だ。

 ひとつの身体を分断された右脳と左脳が共有している、私たちはふたごでも姉妹でもなく、ひとりの中のふたりなのだ。

                                         了


読んだよ!オモロー(^o^)(3)  感想(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

読んだよ!オモロー(^o^) 3

感想 0

感想を書く

お名前:
URL:
感想:

Facebook コメント

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。