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第八百九十話 毛の玉太郎 [怪奇譚]

 愛犬の太郎はトートバッグに入るくらいの小型犬だ。トイプードルと言いたいのだけど、なにかほかの犬種とのミックス犬だ。つまり雑種。去年、知り合いから譲り受けておおかた一年になる。プードルの血筋なので、もともと巻き毛がたっぷりな犬なのだけれども、もう一方の血筋も同様に長毛犬なのだろう、太郎はむくむくした茶色い毛でおおわれている。血統書付きの立派な犬ならペットサロンにでも連れて行って格好よくカットしてやるのだろうが、飼い主が貧乏であることも手伝って、今まで一度も散発をしたことがない。犬の毛はかってに生え替っていくのだろうが、それでもそうとうな毛の量になっている。

 一か月に一度か二度洗ってやる。最初は怖くて逃げようともがいていた太郎だが、次第に慣れて大人しく洗われるようになった。最近では気持ちがいいのだろう、風呂場でされるがままにじっとしている。こういう毛が多い動物を洗ったことのある人にしかわからないと思うけれども、太郎にぬるま湯をかけてシャンプーしてやると、太郎は半分、いや三分の一くらいの大きさになる。膨らんだ毛が水分を含んでぺちゃんこになってしまうために、大幅に嵩が減ってしまうのだ。普段は毛の奥に隠れている目もくっきりと表れて、とても貧弱で哀れな宇宙人みたいな生き物に変わる。太郎、お前はいったい誰? とからかいながらボディを洗い、顔を洗い、お尻や四肢を洗ってやるのだ。洗い終わって水分を絞り、タオルで拭いてドライヤーをかけて乾かすと、ようやく元通りのむくむくの太郎が帰ってくる。

 先に書いたように、太郎の毛はいままで一度もカットしたことがない。しかし今年は一足先に夏が来たようで、体毛のない人間でさえ暑くてたまらないのに、これだけ毛が多いと大変だろうと考えて、太郎もカットしてやることにした。お金はないので、もちろんぼくが自分で切ってやる。ペットショップでヘアケア用の鋏やブラシを買ってきて、いつもシャンプーするときのように風呂場に太郎を連れこんだ。人間でも同じだけれども、水で濡らす前に切らないとおかしな切り方になってしまうだろうと考えて、まずは鋏でチョキチョキ切りはじめた。プードルカットというのは難しそうなので、とにかく全体を短く刈り込んでやろうと思った。太郎は洗ってもらえると思ってじっと大人しくしている。実際の二、三倍に膨らんでいるであろうアフロヘアーっぽい頭の毛からとりかかって、どんどん切っていく。いきなり短くするのも怖いから、適当な長さで胴体や四肢に鋏を映して少しづつ切っていく。そう、ちょうど玉葱を剥いていくように、あるいはロシアのマトリョーシカっていう人形を外から順番に開いていくように、太郎は少しづつ小さくなっていくのが面白い。一回り小さな毛むくじゃらにはなったが、まだまだ暑そうだ。もっともっとカットしてやろう。ぼくの性分なんだろうけれど、なにかを始めたら夢中になって、とことんまで追求してしまう。太郎の毛を少しづつ切っていたのも、次第に大胆になって、ばっさり切り落としていく。太郎がどんどん小さくなっていく。まだ目鼻は見えない。はて、太郎ってこんなに小さかったっけ? 目の前に現れつつある生き物を小さな犬の形にカットしながら、どんどん切っていく。あまりに小さくなりすぎて犬の形が崩れていく。いけない、ヘンなカットにしてしまったら恥ずかしくて散歩に連れて行けなくなる。それでも手は止まらない。切って切って切って……最後の毛をカットしたとき、太郎の姿は完全に消え去ってしまっていた。

                                            了

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感想 1

バーバリーブラックレーベル

今日は よろしくお願いしますね^^すごいですね^^
by バーバリーブラックレーベル (2013-08-02 16:45) 

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