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第八百五十四話 (童話)明日探物語 [妖精譚]

 十五歳の誕生日を迎えたヒロトは両親にあることを打ち明けた。

「ぼく、旅に出たい。もっと広い世界を見て、大切ななにかを探したいんだ」

「大切な何かってなんなの?」

 母親に訊ねられてもヒロトは答えることができない。なぜならヒロト自身にもわからないから。職人である父の仕事を継ぐことも考えたのだが、自分にはそれ以外に何かすべき事があるような気がしていた。だからその何かを探したかったのだ。

 戸惑う両親を無理やり説得して、身の回りのものを小さな鞄に詰め込んで家を出たヒロトは、とにかく太陽が出る方向を目指した。しかし太陽はすぐに頭の上に移動し、やがて背中の方向に降りていく。つまり太陽を追い抜かす形になってしまうのだが、それでも構わずにヒロトは太陽が最初に顔を出した方向へと歩き続けた。二回ほど太陽を追い抜かした頃、山の麓で白い長い髭を伸ばした爺さんと出会った。

「おい、お主。どこに行くのかな}

「はい、太陽が上るところへ」

「ほぅ。そうか。で、何しにそこに行くのかな?」

「わかりません。何かを見つけに行くのです」

「そうか何かを見つけになぁ。なるほどわかった。では、これをお持ちなさい」

 爺さんがくれたのは地図でもガイドブックでもない、一冊の本だった。ありがとうございますと受け取ったものの、読めない文字がいっぱいあるヒロトはもらった本を鞄に入れて先を急いだ。

 最初についたのは学びの村だった。若く明るい村人たちは全員が勉強好きで、しばらくここに滞在しなさいと薦められるままに宿をとったヒロトは、村人に混ざって暮らすうちにさまざまなことを学び、何人もの友人も出来た。火の使い方や水を得る方法、土の捏ね方、木の育て方、金の探し方など、多くの知恵と知識を身につけたヒロトはいつの間にか背も伸び、立派な青年になっていた。いつまでもここにいる訳にはいかない、そう感じたヒロトは、また旅支度をして東へと向かった。

 険しい岩山を越えていくと山頂あたりで出会ったのは頭の禿げた三つ目の恐ろしげな姿をした大男だった。だが大男は意外と優しく接してきて、持ち金が乏しくなってきたヒロトに三つの仕事をくるのだった。

 最初の仕事は、山の麓の村人と共に畑を耕す仕事だった。ヒロトは村人と共に熱心に耕し、半年もすると畑にはさまざまな作物が実った。村人と一緒になって豊作を喜び、宴を祝った。祝っているうちに村の娘ヒメコと恋に落ちた。宴のあと、ふたりで星を眺め、納屋に忍び込んで一夜をともにするのだった。

 二つ目の仕事は、収穫した作物を森の奥に住む魔女に売り込むことだった。ヒロトは畑で採れたイモや玉ねぎやナス、果実をトラックに積み込んで森の奥に向かった。魔女が住む屋敷までの道にはいくつものトラップが仕掛けられていた。

 底なし沼をうまく回避し、燃え盛る草原の炎を沼の水で消し止め、襲い来る狼の群れを器用に飼い慣らして先へと進むと、いよいよ魔女の屋敷。

「ふぉふぉふぉ。よくぞここまで来れたものよ。で、何を売りに来た? そうかそうか、全部買ってやろう。ただし、条件がひとつ」

 魔女の条件は三つ目の仕事と合致した。谷間のドラゴンを生け捕りにしろというのだ。大男の依頼は退治せよというものだったが、どちらにせよ相手はドラゴンだった。ヒロトはさっそく谷間に向かった。ドラゴンはすぐに見つかった。谷間でのんびりと日向ぼっこをしていたのだ。

「おい、ドラゴン。お前を退治する」

「なんだって? なぜわたしを退治するのだ? わたしがなにをしたというのだ?」

 言われて確かにその通ろだと思った。そこで大男ではなく魔女の依頼に応えることにした。ドラゴンにその話をすると、驚いたことにドラゴンは素直に受け止めた。

「まぁ、そろそろ帰ってやるか。わたしはもともと魔女の屋敷に住んでいたんだからな。広くて温かいこの谷に憧れて屋敷を飛び出したのだが、そろそろここも飽きてきた。もう、屋敷に戻ってもいい頃だな」

 こうしてヒロトはドラゴンを魔女の元に連れて行き、作物の代金を受け取って村に戻ってみると、すでに恋人になっていたヒメコが何者かにさらわれたという。目撃者を探してみると村はずれに住む盲目の婆さんが見たという。

「大きな三つ目の男が連れ去っただ!」

 なるほど、三つ目の大男か。それなら話は早い。ヒロトはさっそく大男を訪ねた。

「おい、大男! 仕事は三つともこなしたぞ!」

「本当か。よくやった。だが、知っているぞ……ドラゴンは退治しなかっただろう」

「退治はしなかったが、捕まえて魔女に渡したぞ」

「わしの依頼とは違うな。だがまぁいい。そのかわり、この娘はわしがいただく」

「なんだって! ぼくはヒメコを取り戻しに来たんだ!」

 するとヒメコが姿を現して言った。

「あら、残念。わたしはここで暮らすの。貧乏な村よりも、裕福で優しい三つ目おじさんと一緒にいるほうがいいわ」

 ヒロトはヒメコを説得し、大男をなじったが、結果は変わらなかった。がっくりと肩を落とし、村に戻るしかなかった。

 気がつけばヒロトは中年と呼ばれる年齢にさしかかろうとしていた。ヒメコとのこともあって、すっかり生きる気力を失っていた。そうだ、ぼくは何かを探すために旅に出たのだった。こんなところでとどまっていられない。ようやくかつての気持ちを思い出したヒロトは再び支度をして旅に出た。

 今度の旅は冒険もトラップもなく、大男も魔女もドラゴンも現れず、ただひたすらに歩き続けるだけの旅となった。東へ東へひたすら歩く。無精ひげを生やした中年男を見て道を明ける人、「浮浪者!」と言って石を投げる子供もいたが、一方では親切に話しかけてくれる婦人や、家に招き入れて宿を貸してくれる年寄りもいた。

 それから何年も何年も歩き続けて、東の果てまでたどり着いたと思ったとき、ある一軒の家の前に立っていた。入口のところで猫が手招きするので中に入ってみると、老婆がベッドの上で横になっていた。

「おお、戻ってきたのかい。何かみつかったのかい?」

 驚いたことにそれは年老いた母親だった。ヒロトは家に帰っていたのだ。

「元気かい? 顔を見せておくれ」

「父さんは?」

 聞けば、ヒロトが家を出てしばらくしてから、病気になって死んでしまったという。そのために家業も廃れ、母は一人で苦労して生活していたが、ついに病に冒されて迎えが来るのを待っているところだという。

「そんな。ぼくが面倒をみるから、病気を直して長生きしよう!」

「ありがとう。お前が戻ってくれたことだけでなにより嬉しい」

 母はたいそう喜んだが、三日後に息を引き取ってしまった。

 ヒロトは何かを見つけるために旅に出たのだが、遂に何も見つけることができないまま戻ってしまった。しかも戻ってみると父親はなく、母親さえも失ってしまった。

 ヒロトが長い旅の末に見つけたのは、喪失だった。限りなく深い、しかし限りなく稀有な両親の愛情。もはやどこを探しても見つけようのない愛の喪失を知ったのだった。

                                 了


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