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第八百五十二話 超常現象 [文学譚]


「おかしいな」

 唯志はキッチンにひとり立ちすくんで頭を捻った。夕べ人からもらった饅頭を食べたのだが、ひとつ残っていたはずだ。今朝、確かにテーブルの上にあるのを見てから出かけたのだが、夕方帰ってみるとなくなっているのだ。前にも同じようなことがあった。その時は林檎だったのだが、ほかの果物を一緒に籠に入れて置いてあったのに、林檎だけがなくなっていたのだ。ほんとうに不思議だ。足元で黒猫のみゃぁが「ミャァ」と鳴いた。まさかお前は饅頭なんか食べないよなぁ。みゃぁに向かって独り言ともつかない言葉をかける。

 不思議なことは食べ物以外にもあった。唯志は一人暮らしなので洗濯も自分でするしかないのだが、干してあった洗濯物を取り入れたままソファの上に重ねてあったのだが、夜になって畳んでいると、靴下が片方消えているのだ。あれ? 取り込み忘れたかなと思ってベランダの物干しを見るが、何も残っていない。仕事用のナイロン靴下であろうが、木綿の靴下であろうが、片方だけ残っても使いようがないのだ。だが、そのうちどこからか出てくるかも知らないと思って片方だけになった靴下は箪笥の片隅に置いてあるのだが、そういうものが何組か眠っている。家の中でモノがなくなってしまうというのは、不思議でもあるが、なんだか気持ち悪いのである。

 気持ち悪いといえば、以前もっとおかしなことがあった。唯志がひとりでテレビを見ていたときのことだ。ソファに寝転んで正面に据えてある大型液晶テレビを漫然と見ていたら、急に音量が下がった。まるで誰かがリモコンをいじったようだった。なんだこれは。俺は何もしていないぞと思いながら、床に転がっていたリモコンを取り上げて音量をあげる。すると一旦通常まで上がった音量を示すデジタル表示は、唯志がリモコンから指を外したとたん、すーっと下がってしまうのだ。おかしいなと思ってまた音量を上げる。するとまた何もしていないのに下がっていく。同じことを何回か繰り返してから、ようやくこの現象は消えた。まさか誰かが窓外でいたずらをしているのかな? そんな気がしたが、唯志の部屋は十階にある。テレビに向かっている壁面には窓があり、その窓の外は空中だ。ベランダ側からリモコン操作ができそうではあったが、そこに誰かがおたとは思えない。もしかしたら窓外の空中を隔てたビルから誰かがリモコンをかざしているのではと思ったが、窓から見えるビルは五十メートルは離れているし、眼を凝らしてみたが、誰かが窓際にいる様子もなかった。ポルターガイスト? 一瞬そんな言葉が頭をよぎったが、気持ち悪っと思ったきり、忘れてしまった。

 そのほかにも社章が行方不明になったり、昨年買ったはずのシャツやマフラーや、靴下など、唯志の部屋ではいろいろなものが見えなくなることが度々あるのだ。

「超常現象」

 もともと不思議なことが好きな唯志は、近ごろ家の中で起きていることがそれではないかと思いはじめた。超常現象とは、自然科学では説明できない現象である。家の中で起きていることを、科学で説明できるのだろうか? 唯志は考えてみる。衣類がなくなるのは、もしかしたらどこかに仕舞い忘れているだけかもしれない。そのうちひょんなところから出てくるかも。一人暮らしの唯志は片付け下手で、家の中は結構乱れている。だが、取り入れたばかりの靴下は? テーブルの上の饅頭や林檎は? まさかそれをどこかに仕舞い忘れたとるると、これは大変だ。若年性アルツハイマーになってしまったのかもしれない。まさか。唯志はあははと一人で笑う。俺の頭がおかしくなっているなんて、そんなはずはない。

「なぁ、太郎。俺はアルツなんかじゃないよなぁ」

 室内で買っている愛犬に話しかける。太郎は一人暮らしが寂しいと思いはじめたときから飼いはじめた中型犬だ。猫のみゃぁはその後飼うようになった。身軽な猫は平気でテーブルの上や箪笥の上にジャンプするが、犬には無理だ。猫の真似をしてテーブルに上がりたがって、椅子を介して上がったことはあるが、いまはそれができないように、椅子はテーブルの下にきっちり押し込んでいる。だから太郎がテーブルの上に上がって饅頭を食べたなんてことはあり得ない。みゃぁがテーブルの上から話しかけてくる。「みゃぁ」少し頭を撫でてやると喜んで頭を押し付けてくる。しばらくそうしてやると満足して離れていく。みゃぁはテーブルの反対側にいって、そこに置いてあったペンで遊びはじめた。  

 前足でペンを触る。ペンが転がる。面白いからまたペンをつつく。ペンが転がる。そうしてペンは床の上に落ちた。すかさず太郎が駆け寄って落ちたペンを口で拾って遊びはじめる。犬と猫との共同作業だ。

 あ。もしかして……こうやってみゃぁが饅頭や林檎を転がして……? 科学的に説明するならそういうことだな。取り入れた靴下も、太郎が咥えて食べてしまったのかも。こいつはこれまでもいろんなものを食っちまったからなぁ。しかし、あのテレビの音量は……。こればかりは、いくらみゃぁと太郎が共同戦線を張っても無理だな。第一あの時にはまだみゃぁはいなかったし。

 世の中には科学で説明できることと、できないことがある。なにもかも科学で説明できるならスッキリするし安心もできるけれど、それはそれでつまらない。なにかひとつくらいわけのわからない話があったほうがいいじゃないか。唯志は一人でそう考えてから、もうそれ以上追求するのをやめてしまった。

                                     了


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