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第八百二十三話 冷凍庫マン [妖精譚]

 突然僕は五千万年の長い眠りから目覚めた。
 目覚めたと言っても、僕の肉体は死んでしまって長い間冷凍庫にいたのでそのまんまの姿でミイラになっているから、単に発見されて建物の瓦礫の中から掘り出されたと言った方が正確だろう。
 いずれにしても五千万年もの間同じ姿勢のままで固まっていた僕の体はようやく解放されて、どこか違う場所の安全な建物の中に連れていかれた。
 人類の歴史を覆すかもしれない大きな発見だということで、僕の存在は世界中に知れ渡り、世界中の化学者たちが集まってきて、僕の体と近くに散乱していたという持ち物のすべてが、頭の中から爪の先まで調査の対象となった。
 僕の近くにあった持ち物は、五千万年という気の遠くなるような年月によって風化していたものの、それが衣類や靴であったり、武器として使えるものであったりということは解明されたようだ。中でも最も関心が寄せられたものは、四角い小さな金属と樹脂の箱で、その中にはぎっしりと細かい部材が押し込められていた。これを調査した科学者はそんな時代にこんなものがあったのかと仰天したのだが、それはどうやら通信機器の一種であったらしいことが解明された。同じようなものはほかにも二つほどあって、いずれも精密な機械であったことがわかった。
 そのほかにも皮で作られた鞄や樹脂製の布、武器として使われたであろうとされた先端が尖った短い棒がいくつか、革製の小物入れとその中には通貨、顔の目のところにつけていたと思われる簡易な覗き窓など、古代人らしい持ち物も多数あった。
 あらゆる調査の中でも僕が最も困惑したのは、肉体の検査だった。僕の体は手術台の上で切り出され、皮膚、眼球、脳、胃袋、小腸、大腸、あらゆる部位が分析に回された。僕の胃袋からは、死ぬ直前に食べたと思われる食材の痕跡がみつかった。動物性たんぱく質、植物繊維、穀物、アルコール分。中でも話題を集めたのは、ハーブと胡椒の成分。古代人が、腹を満たすだけではなく、食材を美味しく味わうという豊かな生活をしていたことが判明した。さらに小麦粉と炭素からは、パンを焼いて食べていたこともわかった。
 こうして僕の体は隅から隅まで調べられた後、再び冷凍保存された。より進んだ科学技術を持つ後年の学者たちが調べることができるようにだ。
 発見された後も僕の体は永遠に調査対象として保管される。それは人類にとっては良いことなのだろうが、僕個人としてはむしろそっとしておいて欲しいのだが、死んでいる者としては、要望を伝えることもできない。
 僕が生きていた頃にも、アルプスの山頂近くで五千万年ぶりに発見された男がいた。それはアイスマンと名付けられてやはり人類の歴史を大きく塗り替えることに貢献した。僕はそのニュースを驚きと賞賛に満ちた目で見たのだが、まさかそのさらに五千万年後に僕自身がアイスマンになろうとは、その時は夢にも思わなかった。僕は山にも登らなかったし、冷凍ミイラになる予定もなかったからだ。盗みに入った食肉会社の地下倉庫で迷子になった挙句、大型冷凍庫に閉じ込められる羽目に陥るまでは。
     了

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