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第七百八十九話 どうかしてるぜ [可笑譚]

 笑いのツボがわからなくなってきた。デビューしたての頃は勢いだけで身体を張るような芸を見せるだけで笑ってもらえていたような気がするのだが、結局その場限りの笑いでしかなかったのだろう。結局売れることなく十年が過ぎていまに至っているのだ。
 いったいお笑いってなんなのだろう。いつも吉田は思っている。芸人になると決めた時、大反対していた親父から言われた。人前で自分を晒すことは難しいぞ。人を笑わすことはあっても、人に笑われるような人間には決してなるなと。そのときはよくわからないままにうんうんと頷いてみせたが、結局親父が何が言いたかったのか未だにわかっていない。ただ大勢の前で人を笑わせるというのはとてつもなく難しいということだけは親父の言った通りだと思う。
 テレビや劇場で毎日のように顔を見せて世間を沸かせている芸人はたくさんいるように見えるが、実際にはその影には十倍以上の売れない芸人や芸人見習いみたいのがうようよいる。自分もそのひとりであり、いつかは毎日テレビに映し出されるような立派な芸人になるぞと思っているのだが、何かがうまくいっていないようなのだ。
 近ごろよく考えるのは、笑いにはセンスというものが大事なのではないかということだ。笑いのセンスさえあれば、そこにいるだけで皆を笑わせ楽しませることができるに違いない。そして自分にはそのセンスがあるとずーっと思っていた。ところがお笑い芸人になって十年目にしてようやく自分には笑いのセンスなどないのではないかと気がつきはじめた。
「なぁ、俺、お笑いには向いてないんじゃないか? どうも笑いのセンスがないように思う」相方に言うと、即座に答えが帰ってきた。
「アホかお前は。いま頃何を言うてるんや。そんなセンスなんかあったらこんな苦労はしてへんわい。そやから毎日血の滲むような努力をしてきたんとちゃうんかい!」
 確かにその通りだ。努力、努力。毎日が努力。でも、十年努力してきて芽が出ないということはどういうことなんだ? そう疑問を持つしかないのと違うか。
 同じ悩みを持つ売れない仲間は山のようにいる。みんなプロとは呼べない、ほとんどあま中に近い状態で長い年月をお笑い業界の中で過ごしてきた。そんな仲間たちが集まると、お互いにどうしたら上に上がれるのか、どうすれば笑いの腕を磨けるのかという話で持ち切りになる。だがそんなものに答えはない。売れる奴は黙っていて売れていくし、立派な持論を説いて頑張っている奴が消えていくこともしばしばだ。だから結局、お互いに傷の舐め合いをし、お前のここがいい、あそこが上手いと褒め合っては慰めるような話になっていく。だってそうでもしなければ、お笑い業界の中で耐えられなくなってしまうから。
「もうちょっとちゃうけ。お前十年やろ。俺はもう十三年こんなことやってんねん。それでもまだまだやれると思とるで」
「お前のギャク、おもろいけどなぁ。まだ世間が追いついてないだけちゃうか?」
「お前のボケ具合は天然やで。あれがセンスっちゅうもんとちゃうけ? そこんとこ、もっとうまい具合になぁ……」
 お互いに褒めたり褒められたり。時には少しだけ批評してみたり。そうやって皆でわいわい言いながら安酒を飲んで、寝て、また起きて。こんな仲間は暖かいと思う。だけどもお互いに褒めあって褒められあってきた仲間の中からブレイク出来た人間はまだ一人もいない。むしろ、褒めあい仲間の輪から少し離れたところで黙って飯食ってる奴がポーンと売れてしまうケースの方が多いように思う。それって、どういうことなんだろうな。皆で助け合っているだけではダメなんかいな。
 相方にそんなことを言ってみると、しばらく考えてからあいつが言った。
「俺らが皆とつるむのは楽しいけれど、それって、お前のギャグみたいになっとんちゃうやろか?」
「お、俺のギャグみたいに? なんやそれ」
「みんなで傷の舐め合い、褒めあいすることでな、よしよし言うてお互いにええことないんかもしらん」
「だから、俺のギャグって?」
「お前まだ気ぃつかんか? 言うてみ、いっぺん」
「俺のギャグ? ……ど、どうかしてるぜ?」
「そうや、もういっぺん」
「どうか……どうかし……あ、わかった!」
 同化してるぜ。なんやそうか。そやけどそれなんや? みな一緒に同化してるって? 相方もセンスないんちゃうん。
                         了
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