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第七百六十一話 神様が降りてくる瞬間 [怪奇譚]

 よく言うじゃないか、芸術家だとか演劇の俳優なんかのインタビューとかで。「芸術の神様が降りてくる」って。そうそう落語家やお笑い芸人も言うね。彼らの場合は「笑いの神様が降りてくる」って。俺、あれって本当だと思うんだ。才能に満ち溢れた芸術家でさえ、だぜ。努力? そんなもの意味がないんだよ。国際大会のアスリートが、一生懸命頑張りましたけど、ダメでしたとか、国際コンクールに出たアーティストが、精一杯やりましたけど、無理でしたって。そういうのは、その、神様が降りてこなかったからなんだな。努力だけではダメなんだよ。逆に言えば、努力なんてしなくても、神様さえ降りてきてくれればなんとかなるってことなんだよ。
「またそれ? あんたは額に汗するのが嫌だから、そんなヘコ理屈をこね回すのよ」
 そばで聞いていたカミさんが言った。またって……またって、それ……。大事なことだから何度も言うんじゃないかよ。
「あなたはね、そうやって賢こぶっているけど、バカじゃない? 自分に才能がないことをそうやって正当化してるだけ。ロクに努力もせずに、”神様が降りてくる、神よー! 降りてきてぇ~!”そんなこと言っている暇があったら仕事を探しに行けば?」
 なんだよそれ。仕事は探してるじゃねーかよ。探し当てても相手が雇ってくれないんだからよ、仕方がねーから小説家にでもなって稼ごうと努力しているのに、なんだよ、その言い方は。
「何よ。あんたみたいなアホが小説家になんてなれるわけないでしょ? それにあの頭がおかしい人が書いたような作文はなんなの? あんなものが売れると思う?」
 売れる? 売れるって? 俺はそんなことのために書いてない。文学賞を取って、その結果として売れるカッもしれないけれど。芸術家の志は金じゃないぜ。
「ああら。あんた芸術家なんだ。ゲージツ家! へっ。ゲージツじゃなくて、下の術、下術じゃないの? ばーか」
 おいっ! お前!
「お前、何よ。私の稼ぎで食ってるくせに。そういうの、ヒモって言うのよ。ゲージツだの神様だの言ってる暇があったら、一円でもいいから稼いできたらどうなの。しっかりしろや」
 カミさんはそう言うとベッドの中に潜り込んでしまった。しばらくすると寝息が聞こえた。カミさんの寝息を聞きながら、カミさんの言葉を反芻していた。毎日のように言われる。まるで言葉の暴力だ。お金。生活。稼げ。ろくでなし。ヒモ。ぐうたら。能なし。食わせてやってる。居候。バカ。アホ。頭がおかしい。たしかにカミさんが言ってることは正しいのかもしれないが……繰り返しているうちに、だんだん腹が立ってくる。毎度のことだ。なんでそこまで。女のあいつにそこまで言われなくちゃいけないんだ? 言ってるじゃないか。俺の才能だとか努力とか、そんなんじゃないって。神様が降りて来さえすれば……そうすれば……。
 やがて神様が降りてきた。俺は寝息をかいているあいつのそばに近寄り、黙って両腕を伸ばす。そうだ。そうすればいい。神様が囁く。俺の両腕は静かにカミさんの首を包み込んで力を込めて締め上げていった。
                                了
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感想 2

beny

>一円でもいいから稼いできたらどうなの

 これは身につまされます。
by beny (2013-02-25 21:11) 

momokumi

benyさま、ありがとうございます。
まぁまぁ、架空のお話ですから^^)
by momokumi (2013-02-26 18:23) 

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