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第六百七十九話 心の病 [脳内譚]

 最終電車に乗り遅れそうになって、駅まで小走りに走ったら、息が切れてし

まって吐きそうになった。こういうことははじめてではない。このことを同僚に

話すと、それは歳のせいだと笑われた。確かに四十も過ぎるとそういうことも

あるだろうとは思うのだが、本当に年齢のせいなのだろうか。

 なぜ、歳をとると息切れがすると思うのか、それがわからない。運動不足だ

ということならばわからないでもないが、オレは毎夜、家の近所でジョギングし

て運動不足にはならないようにしてきた。だから運動不足ということはないは

ずだ。歳をとって体を動かさなくなったために心臓も弱くなり、息が切れるとい

う理屈ならわかる。だが、その理屈はオレには当てはまらない。いや、だから

こそ歳を重ねて心臓もくたびれているんだというかもしれないが、四十歳そこ

そこで、そんなことがあるか? オレはとても納得できない。

 では、どういう理由なら納得できるのかと考えてみた。考えられるのは、ひと

つ。なんらかの病気に罹ってしまったのではないかということだ。身体の異変

が、病気のせいだというなら、わかる。仕方がないなと思う。

 心筋梗塞? あり得る。心不全? 狭心症? まさか。しかし、心配になったの

で病院で検査を受けてみた。だが、なんの異常も見つからなかった。医師は、

何も心配いらない、加齢のせいですよと言った。

 ほんとうなのか? 医師が少し言い淀んだような気がしたが、あれは気のせ

いか?痛みもないし、普段は苦しくもない。医師が何かを隠しているとすれば、

考えられるのは、癌だ。オレは癌なのではないだろうか。心臓癌。いや、きっと

そうなんだ。翌日もう一度病院に行き、心臓癌ではないのかと、医師に問い詰

めた。

「あのですね、今日まで心臓に癌を患った人間は、例外を除いてほとんどいま

せんよ。心臓癌というものは、基本的にはこの世にないんです」

 医師の言葉に驚いた。この世に心臓癌はない? 確かにオレも聞いたことは

ない。だが、今までなかったからといって、これからもないとは限らないではな

いか。医師だって科学者の一人だろう。そんな人間が、過去にとらわれた考え

方をしていていいのか? オレは思った。過去心臓癌患者がいないというなら、

オレが最初の心臓癌患者になってやろうじゃないかと。あなた、面白い人です

ねぇ、医師はそう言った。心臓癌など見つけたら、ノーベル賞ものですよ。とも

言った。オレは言った。わかったよ、先生。では、オレは心臓癌患者になって

ノーベル賞をとってやろうじゃないか。 医師が言った。

「あなた、無茶苦茶ですね。そんなことを言う患者さんははじめてですよ。あ

なた、むしろ脳に腫瘍でもできているんではないですか? MRIで調べてみ

ますか?」

 とうとう言いやがった。脳腫瘍、つまり脳の癌なんだな。しかし、脳の癌で、

息が切れたりするものなのか? それに脳腫瘍なんて珍しくもないから、有名

になれないではないか。やはりオレは。

「先生、やはりオレは、脳腫瘍ではなく、心臓癌という方向でお願いします」

 医師はもはやオレの方にも向かずに、あんたいったい何がしたいんだとつ

ぶやいた。

                            了


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