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第四百八十八話 ゲイ歴0年、木綿一太~実験奇譚・なんか妖怪ー5 [文学譚]

 木綿一太はひょろりと背が高く、グレンチェックのツータックパンツに黒の

タイトシルエットのジャケットを合わせている。客のところに行くときだけ、白

い綿シャツの胸元に濃い緑のレジメンタルタイを締める。ネクタイはあまり

好きではないのだが、ビジネスシーンではそれが礼儀ということになってい

るので仕方なく締めている。だいたい、ロンドンのように霧深くもない日本で

どうしてこんなものをつけなければならないのだと、思っている。

 一太は、ほんとうはファッション界で働きたかった。ファッション界というより、

高校の頃に、服飾デザイナーになりたいなと思っていたのだ。

 一太の父親はサラリーマンだし、母親も普通の専業主婦。家の中のどこにも

ファッション的な環境などないのだが、どういうわけか一太は子供の頃から服

が大好きで、少ない小遣いでどうやってお洒落をしようかということばかり考

えていた。

 世の中はブランド流行りで、雑誌の中でモデルが着ているアイテムは、どう

転んでも一太が手を出せるような価格のものではなかった。もちろん、母親に

買ってもらうとか、小遣いを貯め込んで買うとか、そうやって手に入れたブラン

ド品もなくはないが、たいていは商店街の中によくあるコピー品を扱う路面店

やフリーマーケットで気になる服を探し出すのだ。

 そうやって苦労して手に入れた服は、組み合わせによって二倍にも三倍にも

使いまわせる。白いTシャツひとつとっても、綿シャツの上に重ねるのと、色違い

のタンクトップを重ねるのとでは、まったく違うものに見える。だがコーディネイト

にも飽きてきた一太は、古くなったジーンズに鋏みを入れたり、ジャケットの袖

を外してしまったり、服飾デザイナーの真似事まではじめるようになった。

 一太が高校三年生になっていよいよ大学の選択を迫られたとき、服飾専門

学校に行きたいのだと言って、両親から猛反対された。

「手に職をつけるというのも悪くはないがな、今は、やっぱり大学は出たほうが

いいぞ、一太。学歴社会とも言われなくなったように見えるけど、社会はやっぱ

りその人間をブランドで判断するからな」

 父親がいうこともよくわかる。専門学校に行ったからといって、デザイナーにな

るとも限らないしなぁ、そう自らに言い聞かせて、結局普通の大学に進学し、

いつしかファッションデザイナーになるという気持ちも薄れて、一太は資格取っ

て会計士になった。

 このような経緯で、今の一太は、普段は会社員としてスーツかジャケットを着

用し、休日にだけ自由なお洒落を楽しんでいる。むしろファッションを仕事にし

なくて正解だったとすら思う。仕事にしてしまったら、もはやファッションは楽し

ものではなくて、疲れるものになったかもしれないからだ。今は金勘定の仕

事をこなしながら、ファッションを自由に楽しんでいる。衣服って、本来はこう

あるべきだったのだ。

 三年後には三十路に到達してしまう一太だが、休日の見た目はえらく若い。

はじめて出会う人からは、大学生と間違われることも度々ある。そりゃぁそう

だろう。今どきの若者が着るようなスタイルばかりを好んで身につけるのだ

から。特にストリート系だとか、クラブ系だとか、自分のジャンルを決めてる

わけではなく、その日の気分で、ダボっとしたカーゴパンツを腰履きし、トレ

ーナーをルーズにかぶることもあり、スパッツの上にショートパンツを重ね

て、チェックのシャツを羽織ることもある。

 最近では、ちょっと綺麗系のファッションが気になり始めている。綺麗系

というのは、まぁ、ちょっと女子寄りのスタイルっていうか、レースが入った

シャツだとか、背中が透けているジャケットだとか、そういう感じ。そう、ビ

ジュアル系のバンドのミュージシャンみたいな、といえばわかりやすいか

もしれない。ちょっと前からメンズスカートというのも現れていて、一太は

そこまでの根性はなかったのだけど、一度試してみたいと思っている。

「ねぇ、俺さ、スカートって似合うと思う?」

「お! いいんじゃない?似合うと思うよ。着こなし次第だけどね」

友人ののばらは賛同してくれる。だが、彼女自身、結構エキセントリックな

だから、どこまで信じていいのかっていう疑問は残るが。

 砂蔭のばらは、これまでに何度も会社を辞め続けている問題女子だ。何

気に入らないのか一太にはよくわからないが、就職しては、相手に砂を掛け

るような言葉を置き土産にして辞職する、ということを繰り返しているので、砂

かけのばら、砂かけバーバラと呼ぶようになった。のばらが五つ目に入社し

半年で辞職したのが、今一太が勤めている会計事務所だ。そこで二人は意

投合して、彼女が去った後でもときどき会って遊ぶ。変わったもの同士でなんと

なく気が合うのだ。

 一太はとうとうスカートを手に入れた。濃紺のテロンとした生地のロングスカ

ート。買ってはみたものの、着こなしに迷った。下手をすれば女装者みたいに

なるのではないかと思えたからだ。だが、スパッツの上にこれを重ね、トップス

は普通にシャツとカットソーとベストを重ねる。これで結構いけそうだ。歩いて

みると、下半身がフリーな感じでとても心地いい。のばらを呼び出して、街歩

きを楽しむことにした。

 翌週、仕事で訪れた客の一人が、一太の顔を見てニマニマしながら言った。

「木綿さん、こないだ駅前で見かけたぞ。なんかすごくおしゃれして、ほら、スカ

ートがよく似合ってて。ぼくさ、声を掛けそびれちゃったよ」

 仕事でしか会ってないと思っていても、案外知らない所で見られいるものだ。

彼の言葉を褒め言葉と思った一太は、その後も違うスカートを手に入れたり、

自分で作ってみたりして、お洒落を楽しんだ。ところが、半年ほど過ぎた頃、

事務所の社長に呼ばれて部屋を訪ねた。

「木綿くん、ちょっと妙な噂が耳に入ったのだが、何か困っていないかな?」

社長がいうには、ある得意先の人から、一太がゲイではないのかと聞かれた

という。だからといって、何も仕事に支障はないのだけれども、客によっては、

そういうことに敏感な人もいるので、経営者としては気をつけとかねば、とそ

う言った。

「冗談じゃない。ぼくは、そういうのにはちっとも興味ないですけど。」

そう言い切ったものの、実はちょっとだけそうかもしれないなとも思った。一

太は同性が好きだと思ったことは一度もないが、逆に女性に恋焦がれた

経験もない。そのことを今まで疑問にも思わなかったが、ゲイなのかと問わ

れれば、そういうのもゲイっていうのかしら? と思った。

 ひょろりとスリムで背が高く、色白で目鼻立ちもくっきりしている一太は、お

化粧したらきっと綺麗になるわよ、などとのばらにからかわれたことがある。

だけど、ぼくにはそんな願望はないなぁ、一太はそう思う。だが、スカート姿を

誰かに見られたから、そんな噂が立ってしまったのかな、ファッションって案外

怖いものだな、そうも思った。

 ファッションが、布めのモノが大好きな一太のあだ名は”一反もめん”。苗字

は木綿と書いて”きわた”と読むのだが、みんな”もめん”と読む。”もめんいった”

と呼ぶと、「何? 言ってないよ」と会話がちぐはぐになるので、前後逆転して

”いったもめん”、”いったんもめん”と呼ばれるようになった。のばらは”イっちゃん”

とか”イッタン”と呼ぶ。

「イッタン、それ、おもしろいじゃない。この際、ゲイってことにしとけば?そうすれば

女の子のおしゃれもどんどん取り入れて、もっと楽しめるかもよ」

 相変わらずのばらは無責任だ。

                                  了

続く:第四百八十九話 ノリコのベーカリー   前回:第四百八十七話 砂掛け野ばら


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